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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)11号 判決

神奈川県横浜市都筑区高山18番25号

原告

株式会社レオナード

代表者代表取締役

三河良三

訴訟代理人弁理士

宮滝恒雄

京都府乙訓郡大山崎町字円明寺小字金蔵12番地の2

被告

石田長造

訴訟代理人弁理士

香山秀幸

亀井弘勝

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が平成2年審判第23890号事件について平成6年10月20日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

別紙図面A記載の意匠(以下、「本件意匠」という。)は、意匠に係る物品を「自動車用ホイール」とし、被告(審判被請求人)によって昭和61年6月27日に意匠登録出願され(昭和61年意匠登録願第25214号)、平成元年4月5日に意匠登録されたものである(意匠登録第765446号。以下、「本件登録」という。)。

原告(審判請求人)は平成2年12月28日、本件登録を無効とすることについて審判請求をし、平成2年審判第23890号として審理されたが、特許庁は平成6年10月20日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年12月14日原告に送達された。

2  審決の理由の要点

(1)  原告の主張

〈1〉 本件登録の出願人は本件意匠を創作した者ではなく、本件意匠の登録を受ける権利を継承した者でもない。よって本件意匠は、意匠法(以下、「法」という。)17条4号に該当するから、本件登録は法48条1項3号の規定により無効とされるべきである(無効事由1)。

〈2〉 本件意匠は、その登録出願前に日本国内または外国において公然知られた下記の意匠に類似しており、法3条1項3号に該当するから、本件登録は法48条1項1号の規定により無効とされるべきである(無効事由2)。

ドイツ国において1986年(昭和61年)6月に発行された雑誌「SPORT AUTO 1986年6月号」62頁最上段所載の写真(D1)の自動車用ホイールに表されている別紙図面B記載の意匠(以下、「甲第3号意匠」という。)

西ドイツ メンミンゲン区裁判所において1985年(昭和60年)12月17日に第1204番として登録された別紙図面C記載の自動車用ホイールの意匠(以下、「甲第4号意匠」という。)

昭和61年6月21日に国立国会図書館に受け入れられた雑誌「AUTOCAR 1986年6月18日号」42頁左中段および下段所載の自動車用ホイールの写真およびその説明に表されている別紙図面D記載の意匠(以下、「甲第5号意匠」という。)

〈3〉 本件意匠は、その登録出願前に日本国内において広く知られた甲第3号ないし第5号意匠に基づいて容易に創作をすることができたものであって、法3条2項に該当するから、本件登録は法48条1項1号の規定により無効とされるべきである(無効事由3)。

(2)  被告の主張

〈1〉 無効事由1について

本件意匠の創作者は、西ドイツ所在のRuf Automobile GmbH、 Pfaffenhausen(以下、「ルーフ社」という。)に所属しているヨーゼフ フーバーである。そして被告は、後記のとおりルーフ社から本件意匠の登録を受ける権利を継承しているから、本件意匠は法17条1項4号に該当しない(本件登録の出願において創作者を被告としたのは、創作者は登録出願人と同一でなければならないと誤解したからにすぎない。)。

〈2〉 無効事由2について

甲第3ないし第5号意匠は本件意匠と同一のものであるから、本件意匠が法1条1項3号に該当するということはできない。

すなわち、甲第3号意匠および甲第5号意匠は、本件意匠の登録を受ける権利を有する被告の意思に反して、その登録出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物に記載されるに至ったものである。すなわち、本件意匠はルーフ社が西ドイツ メンミンゲン区裁判所に登録出願をして1985年(昭和60年)12月17日に登録されたものであるが(甲第4号意匠)、同社はこれに先立つ同年4月16日、被告が代表者である株式会社イシダエンジニアリングとの間において、イシダエンジニアリングを日本におけるルーフ社の製品の独占的販売店とする旨の代理店契約を締結しているところ、同契約には、「会社は、販売店又は石田長造が契約地域において会社の商標、意匠その他の工業所有権を登録することを承認する。」(12条2項)との合意が含まれている。そして被告は、右条項に基づき、本件意匠の登録出願をすることについてルーフ社の了解を取り付け、同社の取締役であるアロイス ルーフも、被告が日本において登録出願するまでは本件意匠を秘密にすることを約束した。しかるにルーフ社は、同年6月7日および8日に西ドイツ ザルツブルグにおいて顧客のための自動車走行会を開催し、日本における本件意匠の登録出願の完了を確認することなく、甲第5号意匠に係る自動車用ホイールを装着したテストカーを走行させた。甲第5号意匠が表されている写真はその際に無断で撮影されたものであり、また、甲第3号意匠が表されている写真は、甲第5号意匠が表されている写真を無断で転載したものである。そして被告は、本件意匠が法3条1項1号あるいは2号に該当するに至った日から6か月以内に本件登録の出願をしたから、本件意匠は、法4条1項の規定により、甲第3号意匠および甲第5号意匠との関係において法3条1項1号あるいは2号にも該当しない。

また甲第4号意匠(上記のように本件意匠と同一のものである。)が西ドイツにおいて登録出願されたのは1985年9月13日であるから、同意匠については1876年法(ドイツ意匠または雛形の考案に関する法律)が適用されるところ、同法9条6項は「登録および保護期間の延長は、毎月これを官報において公告する」と規定しているが、官報には登録番号など書誌的事項が掲載されるのみであり、形態を表す図面あるいは写真は掲載されない。また同法11条は「何人も意匠原簿ならびに密封しない意匠および雛形を閲覧し、または原簿の認証抄本の下付を申請することができる」と規定しているから、甲第4号意匠は第三者が知りうる状態にあったとはいえるが、「公然知られた意匠」ということはできない。したがって本件意匠は、甲第4号意匠との関係においても、法3条1項1号に該当しないのである。

〈3〉 無効事由3について

原告が援用する意匠のうち日本国内に関するものは甲第5号意匠のみであるが、同意匠が表されている雑誌が国立国会図書館に受け入れられたのは、本件登録出願の僅か7日前である。したがって甲第5号意匠は、本件登録出願前に日本国内において広く知られた形態ということはできないから、本件意匠は法3条2項に該当しない。

(3)  判断

本件意匠および甲第3ないし第5号意匠の態様についての認定(省略)

〈1〉 無効事由1について

本件登録出願の願書によると、本件登録の出願は、出願人および意匠の創作者を被告としてなされたものである。

この点について甲第6号証(総代理店契約書。なお、本判決において表示する書証番号は、すべて本訴訟における書証番号である。)、第7号証(ヨーゼフ フーバーの署名に係る証明書)および第8号証(アロイス ルーフの署名に係る証明書)によれば、

a 本件意匠はルーフ社に所属しているヨーゼフ フーバーが創作したものであること

b 同社は昭和60年4月16日、被告が代表者である株式会社イシダエンジニアリングとの間において、イシダエンジニアリングを日本におけるルーフ社の製品の独占的販売店とする旨の代理店契約を締結したこと

c 同契約の12条2項は、「会社は、販売店又は石田長造が契約地域において会社の商標、意匠その他の工業所有権を登録することを承認する。」と定めていること

d ヨーゼフ フーバーは日本において本件意匠の登録を受ける権利をルーフ社に譲渡したこと

が認められる。

ところで、願書表示の意匠登録出願人と意匠の創作をした者が同一であるが、その者が意匠の真の創作者でない場合であっても、意匠登録出願人が意匠の真の創作者から意匠登録を受ける権利を承継しているときは、いわゆる冒認出願を拒絶すべき旨を定めた法17条4号には該当しないというべきである。これを本件についてみると、上記認定事実によれば、本件登録願書に出願人および意匠の創作をした者として表示されている被告は、本件意匠の真の創作者ではないが、日本において本件意匠の登録を受ける権利を承継していることが明らかであるから、本件意匠をもって法17条4号に該当するということはできない。

〈2〉 無効事由2について

前掲甲第8号証によれば、ルーフ社は1986年6月8日に西ドイツ ザルツブルグにおいて自動車走行会を開催し、本件意匠に係る自動車用ホイールを装着したテストカーを走行させたこと、本件意匠と甲第3号意匠および甲第5号意匠とは、自動車用ホイールの意匠の要部をなすディスク正面の形態がほぼ同一であること、甲第3号意匠および甲第5号意匠に係る物品は、その記載された刊行物の内容から、いずれもルーフ社の製品であることが認められる。

以上を総合すると、甲第3号意匠および甲第5号意匠を表す写真は、上記自動車走行会において撮影され刊行物に掲載されたものと推定できる。そして前掲甲第8号証によれば、上記自動車走行会は日本における本件意匠の登録出願の完了を確認することなく行われたことが明らかであるから、結局本件意匠は、被告の意思に反して法3条1項1号あるいは2号に該当するに至ったものというべきである。そして被告は、本件意匠が法3条1項1号あるいは2号に該当するに至った日から6か月以内にその登録出願をしたのであるから、本件意匠は、法4条1項の規定により、法3条1項各号には該当しない。

次に甲第4号意匠について検討するに、同号意匠は西ドイツ メンミンゲン区裁判所に対し1985年9月13日に登録出願され、同年12月17日に登録されたのであるから、甲第4号意匠には1986年に改正された現行のドイツ意匠または雛形の考案に関する法律でなく、1876年法が適用されるところ、同法9条1項は「意匠原簿は商業原簿の管理を依託された裁判所においてこれを備える。」、同2項は「考案者は、その本店所在地の裁判所に意匠または雛形の登録出願および寄託をなし…」、11条は「何人も意匠原簿ならびに密封しない意匠および雛形を閲覧し、または原簿の認証抄本の下付を申請することができる。」を規定している。これによれば、寄託された意匠の意匠原簿ならびに密封しない意匠および雛形を閲覧できるのは、考案者の本店所在地の区裁判所であって、数ある区裁判所のうち限られた所でのみ可能なのであるから、特定の意匠が保護されているか否かの情報を入手することは極めて困難というべきである。なお同法9条6項は「登録および保護期間の延長は毎月これを官報において公告する…」と規定しているが、この公告には名称以外の明細は記載されず、分類すら記載されないのであるから、この公告によって特定の取引き分野において登録される意匠を常時確認することも困難である。したがって、甲第4号意匠を本件意匠の登録出願前に外国において公然知られた意匠ということはできない(「公然知られた」とは、不特定または多数の者が知りうる状態にあるのみでは足りず、現実に知られている状態にあることが必要である。)。

〈3〉 無効事由3について

原告が援用する意匠のうち日本国内での事実に関するものは甲第5号意匠のみであるところ、同号意匠が表されている刊行物が国立国会図書館に受け入れられたのは昭和61年6月21日であって、本件登録出願の僅か7日前である。のみならず、甲第5号意匠が刊行物に記載されるに至った経緯が上記〈2〉のとおりであることなどを併せ考えると、同意匠は本件意匠の登録出願前に日本国内において広く知られた形態とはいえず、したがって、本件意匠は法3条2項に該当しない。

〈4〉 以上のとおりであるから、原告の主張およびその援用する証拠をもってしては、本件意匠を法3条1項各号、2項あるいは17条1項4号に違反して登録されたものとすることはできない。

3  審決の取消事由

審決は、無効事由〈1〉ないし〈3〉について判断するに当たり、証拠の評価を誤り、かつ、法の解釈適用を誤った結果、本件意匠を法3条1項各号、2項あるいは17条4号に違反して登録されたものとすることはできないとしたものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  無効事由〈1〉について

審決の理由の要点(3)〈1〉の事実のうち、aないしcの事実は認めるが、dの事実は否認する。

被告が援用する甲第6、7号証は証拠価値がなく、被告が日本において本件意匠の登録を受ける権利を承継しているとする審決の認定は、誤りである。仮に被告が日本において本件意匠の登録を受ける権利を承継しているとしても、創作者を偽ってなされた本件登録の出願は違法であるから、本件登録は無効とされなければならない。

すなわち、本件意匠の創作が特定されたのは、1985年9月13日の西ドイツにおける意匠登録出願によってであるが、甲第6号証は、本件意匠創作前である同年4月16日に作成されたものであって、被告が承継する権利の内容が全く特定されておらず、とりわけ特定の権利についての承継の日付けが不明であるから、法4条1項の規定を適用する前提が欠けている。また甲第7号証は、本件審判請求がなされた後である1992年9月7日に作成されたものであって、信用できない。

仮に甲第6、7号証の記載内容が正しいとしても、本件意匠の創作者を被告であるとしてなされた本件登録の出願は、真実に反し、創作者の保護を理念とする法の趣旨を無視するものといわねばならない。この点について、願書に表示された意匠の創作をした者が、意匠の真の創作者でない場合であっても、意匠登録出願人が意匠の真の創作者から意匠登録を受ける権利を承継しているときは、法17条4号に違反しないとした審決の判断は、法の解釈適用を誤ったものである。

(2)  無効事由〈2〉について

審決には、甲第3号意匠および甲第5号意匠がルーフ社の意に反して刊行物に記載されたことを認定しないまま、本件意匠について法4条1項の規定を適用した誤りがある。また、甲第4号意匠が公然知られた意匠とはいえないとした審決の判断も、誤りである。

すなわち、被告主張のように本件意匠を日本において登録を受ける権利の承継があったとするならば、法4条1項の規定の適用を受けるためには、意匠の公然化あるいは刊行物への記載が、権利の譲受人のみならず、譲渡人の意に反して行われたことも必要である。しかしながら、ルーフ社は、自らの意思で甲第4号意匠の登録出願をし、かつ、自動車走行会を開催して本件意匠に係る自動車用ホイールを装着したテストカーを走行させたのであるから、本件意匠について法4条1項の規定を適用する余地はない。

また審決は、「公然知られた」とは不特定または多数の者に現実に知られていることが必要であることを論拠として、甲第4号意匠が公然知られた意匠とはいえないと判断している。しかしながら、法3条1項1号にいう「公然知られた」とは、不特定または多数の者が知りうる状態にあれば十分であると解すべきところ、甲第4号意匠の登録が西ドイツの意匠原簿によって公開された以上、何人も容易に意匠の内容を閲覧しうるのであるから、甲第4号意匠が法3条1項1号に該当することに疑いの余地はない。審決の上記判断は、世界公知の原則を定めた法の規定を空文化するものである。

(3)  無効事由〈3〉について

甲第5号意匠が表されている刊行物が国立国会図書館に受け入れられたのが本件意匠の登録出願の7日前であるとしても、同刊行物の国内における発売日はそれより数日ないし数十日も遡ることは当然である。まして、同刊行物のように自動車関連の情報を掲載する専門雑誌は企業あるいは個人による購読が大半であるから、甲第5号意匠が図書館における備付けに先立って公知となることは十分考えられるのみならず、定期刊行物であるから図書館における閲覧可能日も予測できる。したがって、甲第5号意匠が日本国内において広く知られた形態であるとはいえないとした審決の判断は、誤りである。

第3  請求の原因に対する認否および被告の主張

1  原告の主張1(特許庁における手続の経緯)および2(審決の理由の要点)は認めるが、3(審決の取消事由)は争う。審決の認定および判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

2  無効事由〈1〉について

甲第6号証に、ルーフ社が登録を受ける権利を有する意匠について、被告が日本において登録を受けることを承認する旨が明確に記載されている以上、被告が日本において本件意匠の登録を受ける権利を有することは明らかである。登録を受ける権利を譲渡する意匠の内容は個々的に特定されねばならないという原告の主張、および、本件審判請求がなされた後に作成された甲第7号証は証拠価値がないという原告の主張は、いずれも失当である。

なお法17条1項4号は、いわゆる冒認出願が拒絶されるべきことを定めた規定にすぎず、意匠登録を受ける権利を有する者が創作者の記載を誤ったことがこれに該当しないことは、多言を要しない。

3  無効事由〈2〉について

原告は、意匠登録を受ける権利の承継があったときに法4条1項の規定の適用を受けるためには、意匠の公然化あるいは刊行物への記載が権利譲渡人の意に反して行われたことが必要であると主張する。しかしながら、日本における意匠登録を受ける権利を有する者が被告である以上、被告の意に反して意匠の公然化あるいは刊行物への記載がなされたならば、当然に法4条1項の規定の適用を受けることができる。このことは、同条2項が、意匠の公然化などが「意匠登録を受ける権利を有する者」自身の行為に起因する場合であっても、なお救済の余地を認めている趣旨からも明らかである。

また原告は、法3条1項1号にいう「公然知られた」とは、不特定または多数の者が知りうる状態にあれば十分であることを前提として、甲第4号意匠が法3条1項1号に該当することに疑いの余地はないと主張する。しかしながら、法3条1項が1号と2号とを併設している以上、1号にいう「公然知られた」とは、不特定または多数の者が知りうる状態にあるのみでは足りず、現実に知られている状態にあることが必要であることは明らかである。しかるに旧ドイツ意匠法による官報告知は、意匠の名称のみが公開され、それ以外の明細は公開されないうえ、閲覧も数多くある区裁判所のうちごく限られた所においてのみ可能なのであるから、甲第4号意匠 が公然知られたものとはいえないとした審決の判断は、正当である。

3  無効事由〈3〉について

原告は種々の理由を挙げて、甲第5号意匠が日本国内において広く知られた形態であると主張するが、いずれも裏付けを欠くものであって、失当である。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  特許庁における手続の経緯、および、審決の理由の要点は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を判断する。

1  無効事由〈1〉について

審決の理由の要点(3)〈1〉のaないしcの事実は当事者間に争いがなく、成立に争いない甲第7号証によれば、同dの事実、すなわちヨーゼフ フーバーがルーフ社に宛てて、本件意匠はヨーゼフ フーバーが創作した意匠であって、その創作の後に、日本における意匠登録を受ける権利をルーフ社に譲渡したことに相違ない旨の1992年9月7日付け書面を作成交付していることが認められる。

原告は、被告が援用する甲第6、7号証は証拠価値がないのみならず、被告が承継する権利の内容や承継の日が特定されていない、と主張する。

しかしながら、甲第6号証が本件意匠の創作前に作成され、また、甲第7号証が本件審判請求がなされた後に作成されたものであるとの一事のみをもって、これらの文書の記載内容に疑義がもたれるということはできないし、ほかに上記書証に記載された事項の信憑性を疑うべき理由も存しない。そして、上記aないしdの事実を総合すれば、本件意匠の真の創作者であるヨーゼフ フーバーは、日本において本件意匠の登録を受ける権利をルーフ社に譲渡し、被告はこの権利をルーフ社から承継していることが明らかである。

この点  いて原告は、創作者を偽ってなされた本件登録の出願は創作者の保護を理念とする法の趣旨を無視するものであって、法17条4号に該当する、とも主張する。

しかしながら、本件意匠の真の創作者がヨーゼフ フーバーであって被告でなくとも、本件意匠について被告が日本における登録を受ける権利を有することが確定できる以上、本件出願は、意匠登録を受ける正当な権利を有する者がその意思に基づいてなしたものであるから、本件出願は適法になされたというべきである。意匠登録の願書における創作者の記載は二義的な事項にすぎず、その誤りは意匠登録の出願を違法ならしめるものと理解することはできない。

よって、無効事由〈1〉に関する審決の認定判断に誤りはないから、この点についての原告の主張は理由がない。

2  無効事由〈2〉について

上記のとおり日本において本件意匠の登録を受ける権利を有する者が被告である以上、被告の意に反して本件意匠の公然化あるいは刊行物への記載がなされたならば法4条1項の規定の適用を受けることができるのは、当然の事理というべきである。意匠登録を受ける権利の承継があったときに法4条1項の規定の適用を受けるためには、意匠の公然化あるいは刊行物への記載が権利譲渡人の意に反して行われたことが必要であるという原告の主張は、独自の見解に基づくものであって、採用できない。

また、原告は、不特定または多数の者が知りうる状態にあれば「公然知られた」といえると主張する。しかしながら、法3条1項1号にいう「公然知られた」とは、字義どおり、不特定または多数の者に現実に知られた状態にあることが必要であるというべきである。そして、ドイツ意匠または雛形の考案に関する法律の1876年法のもとでは、甲第4号意匠を本件意匠の登録出願前に外国において公然知られた意匠ということはできないことは、審決が的確に認定判断しているとおりである。

よって、無効事由〈2〉に関する審決の認定判断に誤りはなく、この点についての原告の主張も理由がない。

3  無効事由〈3〉について

原告は甲第5号意匠が本件意匠の登録出願前に日本国内において広く知られた形態である理由をるる述べている。しかしながら、原告の主張はいずれも推測を述べるものにとどまり、確たる裏付けの証拠が提出されている訳ではないから、甲第5号意匠が本件意匠の登録出願前に日本国内において広く知られた形態とはいえないとした審決の認定判断を誤りとすべき根拠は存しない。

よって、無効事由〈3〉に関する審決の認定判断にも誤りはなく、この点についての原告の主張も失当である。

4  以上のとおりであるから、審決の認定判断はすべて正当であって、本件登録を無効にすることについての審判請求は認められないとした審決の結論に誤りはなく、原告の本訴請求は棄却を免れない。

よって、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙図面A

本件登録意匠

意匠に係る物品 自動車用ホイール

説明 左側面図は右側面図と対称にあらわれる。

〈省略〉

別紙図面B

〈省略〉

D1 Rut-Porsche Turbo, 374PS, 3366cm2. 0-100km/h 4.6sec. 285km/h. 188000 Mark

別紙図面C

〈省略〉

別紙図面D

〈省略〉

Come in car 34: careful checks were made on the tyres!

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